愛の事。台北。

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自分達が生きるという点において助け合いは必要でも、普段の生活におもてなしはあまりいらない。

それはいつもの事、自分の言葉も表情も失っていることにこの国に来ていつも気づかされる事。

自動車では無く自転車を選んだこの国のカルマ。

それはパンクでいながらにして、最もリベラルな道を行っているのかもしれない。

 

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自己と他己承認のリフレイン。

言葉とそれらによって表現される自己と他己とのギャップに悶々としていた時間を久しぶりに思い出した。

それを経たからこその今がちょうど良いし、見えないものを見つけて形にしていくプロセスが心地よいという、ある種の健全さの中にいる。

少なくともその段階に入ってこれたという時点で、当てもない一つの旅は終わったのだと思う。

あとは、大嫌いでいつも抜け出そうとしていた形式や価値観への理解、尊敬、それらをもって表現し理解を促すこと。

これからはその旅が始まることになる。

一番辛いのが、自分たちが向かっている方向や道筋が描けない時。

そうは分かっていても良く見定めないまま当ても無く漂って体力を消耗して動けなくなる時はざら。

「ここで大事なのは、ゴールを取るための『正解』を持っているかということ。」

http://number.bunshun.jp/articles/-/785605

人生のゴールなんて何だって構わない、それでもそうだと決めてそれに動いて少しでも近づけた人と、そのゴールすら思い浮かばずサイドに張り出したまま終わった人では、どちらがよいだろうか?

 

 

昨年の1月に否が応にも触れてしまったイタリアンクラフトマンシップの在り方には、ある意味今年だけでなく、これからの自分のテーマになりそうな哲学や行動が潜んでいる。

いや、既にその時点で現れていたことを、昨年夏のベルガモで否が応にも思い知った。そしてイタリア北部の工業地帯で「グローバリゼーション」の力と拮抗を張ろうとするその人の強さに感動して、不覚にも本人の目の前で涙しそうになった。

価値とは何かということにおいて、これほどまでにシンプルでダイレクトに訴えかけるものはない。

一方で、大量生産品に必要以上に価値をつけようとし、実体の無いものにさらに実体の無い価値を上乗せしようとする人がその歴史と共にある。そこから結果として素晴らしい想像力も生まれている。だから否定することはないし、自分の今の仕事もその一端であるからなおさらのこと。

この時代に人が感動するモノを作る、送る、売るとは何なのか。

社会の間に潜むこれらを科学して形にする。それをできる限り大きくする。

これがこれからの自分のテーマになる。

Nevi Factory Visit (6)

 

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役割を演じる。

その役割を演じられる単純明快さとナルシシズムを持つ者だけに与えられる権利。

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複雑性はいらない。そのキャプションとコーニーなラインに従うかどうか。それが(もしあるのだとすれば)信念に叶うのかどうか。

そんなものはとうに忘れたならそれで誰も世話は焼かない。

目に見えるものが、80%の人間のその全てであり信ずべきものだから。

目に見えるものを。残りの20%は世界を動かさない。ただ役割を演じる。

複雑性などそこには与しない。

それを疑うことよりも、それを信じる方が楽であり楽しいから。

台湾という国を楽しめるようになったのは、西東京で生まれイギリスで研ぎ澄まされた人間が、東京のハードコア上野を練り歩けるようになるのとある意味同義なのかもしれない。

都会的な理屈や洗練とはかけ離れた(失礼!)、大陸的なねっとりとした熱さが人を、そして街を形作る。
IMG_1740これは少なくともヨーロッパの、統一され洗練され、静粛さとそれに対する知識という理解が求められる環境とは違う。

またそれは北米の、20世紀の栄光と栄華からそのまま取り残されているような、レイドバックな街とも違う。

世界のモノ作りの屋台骨を担う21世紀の東南アジアの熱狂は、日々のニュースによる文字や数字以上に熱く混沌としている。人間の欲望が渦巻き事態は瞬間瞬間で蠢き、それでも少し街から離れればいつだって自分本位な山や海が、来る人を待ち受けてくれる。

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2012年ナンバーワンエアポートの羽田空港から台北の松山空港まで4時間のフライト、着けばアットホームで商売根性たくましいローカルズと、分かりやすさ抜群の公共交通機関がストレンジャーズの旅をスムースなものにしてくれる。

こんなにも旅をフレッシュなものにしてくれるのは、ある意味アメリカの自分本位さに飽きたからこそ?ともあれ全てをリフレッシュするのに台湾への旅は激しくオススメです!

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