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Musicing

一番辛いのが、自分たちが向かっている方向や道筋が描けない時。

そうは分かっていても良く見定めないまま当ても無く漂って体力を消耗して動けなくなる時はざら。

「ここで大事なのは、ゴールを取るための『正解』を持っているかということ。」

http://number.bunshun.jp/articles/-/785605

人生のゴールなんて何だって構わない、それでもそうだと決めてそれに動いて少しでも近づけた人と、そのゴールすら思い浮かばずサイドに張り出したまま終わった人では、どちらがよいだろうか?

 

 

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バーンサイドブリッジのスケートパークやリードカレッジ、スタンプタウンコーヒーやパウエルズブックスにいることで感じたのも自由。フリーダム。

Being in Burnside Bridge’s skate park, Reed Collage, Stumptown Cofee and Powels Books just brought myself feel free, was it called a sense of freedom?

時に応じて日本語と英語の2カ国語で臨むのは、自分が善くも悪くもアングロ・アメリカンカルチャーに憧れ続けた日本人でしかないということ。

その楽しさや恥ずかしさを表した文書/テキストは残念ながら数多くはない。

This blog is re-starting with bilingual, both Japanese and English, as I myself am a Japanese who has been longing into Anglo-American culture since a kid.

In just a few texts so far the writings have been with both such a joy and shame of blurred boundary of the multi-culture while the pure nationalism is spreading around the world even in the countries that it had not existed before.

However at the same time, this is just simply a mountaineering memo to climb the summit, and get over the city of called Tokyo by a man who were born in Tokyo and grew up with it.

それは東京でマウンテニアリングをするということではなく、東京生まれで東京で育った人間が東京を登って超えていくプロセスなのだということ。

La la la la la la la la

成田行きのフライトがオーバーブッキングで自分の席が無くなる。

今回の旅で持ってきているDave Eggersの”You Shall Never Know Our Velocity”の最初のあたり、2人のセネガル行きのフライトが1日延期になって手配されたシカゴ空港近くのホテルでだらだらしているくだりを読んでいた矢先。

アメリカにもう1日余計にいることになって、シアトルのタコマ空港近くにウェルブッキングされたクラリオンホテルで、乱雑な荷物と共に1週間の記憶をパッキング。

山にしても国や地域にしても、線で動くことで見えてくるものがある。

今回はサンフランシスコから車を借りてそのまま北上、2日目にはオレゴンに入ってリーマンショック後のアメリカで一番熱いと呼ばれるポートランドを流しつつ、マウント・レーニアでキャンプをしながらここシアトルまでのロードトリッピング。

アメリカに焦がれるのは自由。多分皆そうだと思う。

友達もいて言葉もあまり交わさず適当に暮らせるのに、いつも居心地の悪さを感じるのは日本だから?それとも自分が生まれて生きてきた街、東京だから?

フィールドに出ることが日常的になったものの、冷凍都市東京での生活からの新たなエスケープ手段がなかなか見つからず、ここ1、2年くらいは生きた心地がしなくて何が起こっているのかもよく掴んでいなかった。

そんなここで書くことがどうでもいいことを吐き出してもいいと思えるほど、今回のトリップは地に足の着いた、自分がここにいて生きていることを久しぶりに感じられた時間だった。機を見てこのトリップを何回かに分けてここでまとめたいような、そんな気がしています。

そして最後の朝になるはずだった今朝、アメリカ北西部、ワシントン州最大の街シアトルが生んだスーパースターであり、自分にとってのインフルエンサー2人の影を追う。

奇しくも同じ年でこの世を発った2人の影の前で何を考えるかといえば、彼らとちょうど同じ年齢を生きてきた自分は、このままで、これでいいのかということ。

マス・カルチャーが花開き、そし萎みつつあったそれぞれの時代、下らない自己承認やら自己実現のリフレインが始まる前に、自分たちの人生にケリをつけてしまった彼らは正しいのか、それとも間違っていたのか。

 

 

翻訳という仕事がある。

自分の与えられる仕事の一部でしかないから直接的には一部の経済にしかならないし、結果的には組織として優先順位の低い成果として扱われる。

それは言葉だし、言葉でしかないから。

求められる時間も短い。だからそのクオリティについてシリアスに問う者はいない。

そこで問われるのは科学的で道徳的で(日本という)世間的な正確性と遵守性。

純文系の人間からはそれは言葉に対する冒涜だと、純理系の人間からはその正確性が重視されるべきだと、中庸=中途半端なビジネスマンからはそれはステークホルダーに対する天秤のかけ具合だと言う。

それでも少なくとも翻訳という仕事の一部では、翻訳ソフトでも、TOEIC800点以上が無機質に集う外側の集団によって、生まれるものではない。

そのカルチャーに対する理解、感情、そしてそこから派生する言葉に対する共感力によるものだと信じるしかない。

そうなった時に、新しいカルチャーが芽生えるのだと信じるしかない。